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最高裁判所第一小法廷 昭和48年(あ)722号 判決

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人石川克二郎の上告趣意第一点は、判例違反をいうが、原判決は所論引用の判例(昭和二二年(れ)第三九号同二四年五月一八日大法廷判決・裁判集刑事一〇号二三一頁)と相反する判断を示したものとは認められないから、理由がなく、同第二点ないし第四点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない。しかしながら、所論に鑑み職権で判断するに、被告人の行為は、現行犯人の逮捕のためにした許される限度内のものというべきであり、罪とならないものであるから、原判決及び第一審判決は、いずれも破棄を免れない。すなわち、

(一)  原判決が是認する第一審判決の認定によると、被告人は、漁船第一清福丸の船員であるが、昭和四五年八月一〇日午前零時四〇分頃、宮古市宮古湾口付近の海上において、あわびの密漁船と認めて追跡し捕捉しようとしていた漁船大平丸と接触した際、第一清福丸の船上から、大平丸を操舵中の金沢勝生の手足を竹竿で叩き突くなどし、同人に対し全治約一週間を要する右足背部刺創の傷害を負わせた、というのである。

(二)  ところで、原判決の認定によると、右の事件が発生するまでの経過は次のとおりである。すなわち、前日の九日午後八時三〇分頃、山田湾漁業協同組合の漁業監視船しおかぜ丸は、岩手県下閉伊郡山田町白崎北側約一海里の海上において、白崎の南側にあるモイサシ崎の北側約二〇〇メートルに大平丸を発見し、約五〇メートルまで近付いてハンドライトで同船を照らしたところ、船中に潜水服を着けた者がいたので、あわびの密漁にきた船であると判断した。そして、同船が、ハンドライトに照らされると、灯火を消し、錨をロープとともに切り捨てて逃走を始めたので、これを追跡したが、船足が遅く追跡が困難であつたため、午後九時頃、付近にいた第一清福丸に事情を告げて追跡を依頼した。第一清福丸は、約三時間大平丸を追跡し、同船と併航するようになつたので、停船するよう呼びかけたが、同船は、これに応じないばかりでなく、三回にわたり第一清福丸の船腹に突込んで衝突させたり、ロープを流し同船のスクリューにからませて追跡を妨害しようとしたので、第一清福丸の乗組員は、大平丸に対し瓶やボルトを投げつけるなどして逃走を防止しようとし、被告人も、三回目に衝突した後さらに逃走しようとする大平丸に対し、逃走を防止するため、鮫突用の銛を投げつけたりしたうえ、前記の行為に及んだ。その後、大平丸は、第一清福丸に追突されて停船したが、呼びかけに応じて第一清福丸の船長が大平丸に乗り移ろうとした際、またも突然全速力で逃走しようとした。しかし、折から海上保安庁の巡視船富士が付近に到着していたため、逃走を断念した。

(三)  原判決及びその是認する第一審判決の各認定によると、金沢勝生を含む大平丸の乗組員は、逃走を始めるまであわびの採捕をしていたものであるが、その場所におけるあわびの採捕は、漁業法六五条一項に基づく岩手県漁業調整規則三五条により、三月から一〇月までの間は禁止されており金沢勝生らの行為は同条に違反し、同法六五条二項、三項に基づく同規則六二条一号の犯罪を構成し、六か月以下の懲役、一万円以下の罰金又はその併科刑が科されるものであることは明らかである。そして、前記の経過によると、漁業監視船しおかぜ丸は、大平丸の乗組員を現に右の罪を犯した現行犯人と認めて現行犯逮捕をするため追跡し、第一清福丸も、しおかぜ丸の依頼に応じ、これらの者を現行犯逮捕するため追跡を継続したものであるから、いずれも刑訴法二一三条に基づく適法な現行犯逮捕の行為であると認めることができる。

(四)  右のように現行犯逮捕をしようとする場合において、現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしようとする者は、警察官であると私人であるとをとわず、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許され、たとえその実力の行使が刑罰法令に触れることがあるとしても、刑法三五条により罰せられないものと解すべきである。これを本件についてみるに、前記の経過によると、被告人は、金沢勝生らを現行犯逮捕しようとし、同人らから抵抗を受けたため、これを排除しようとして前記の行為に及んだことが明らかであり、かつ、右の行為は、社会通念上逮捕をするために必要かつ相当な限度内にとどまるものと認められるから、被告人の行為は、刑法三五条により罰せられないものというべきである。それゆえ、原判決及び第一審判決は、いずれも法令に違反し、これを破棄しなければ著しく正義に反するものというほかはない。

よつて、刑訴法四一一条一号、四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(下田武三 藤林益三 岸盛一 岸上康夫 団藤重光)

弁護人石川克二郎の上告趣意〈省略〉

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